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情報の海の漂流者

web上をさまよいつつ気になったことをつぶやいています。

デマ→民主党の渡部恒三が福島第一原発を誘致した

デマ 東日本大震災 ネット

福島第一原発について

1958年に福島県商工労働部が「原子力発電の可能性」についての調査に着手、大熊町・双葉町にまたがる遊休地を適地と判断して東京電力に打診。
当時県知事であった佐藤善一郎氏が原子力発電に着目していたと言われています(資料1)
(1957年の選挙では自民党・民主党どちらの公認を受けてません。)


渡部恒三氏の県議会議員初当選は1959年なので当時は議員じゃないです。
当時最年少であったということで新聞に乗ったそうです。


また、利権問題につきましては渡辺敬三氏は福島県南会津郡出身で福島二区。
福島第一原発からは国道で180km離れた選挙区です(Google Map調べ)



赤い旗が南会津郡 緑色の旗が第一原発

茨城県水戸市が140km
宮城県仙台市が100km
県の端から端なので、衆議院時代ならともかく県会議員時代には全然地元じゃないです。


渡部恒三氏は没落した名家の出身で、父親は銀行や電力会社等を営んでいましたが、世界大恐慌の影響で、電力会社は吸収され、銀行は破産、屋敷は差し押さえという状況で生まれたといいます。(資料2)

そういう家庭で育ったせいか社会インフラに対する関心が強く著書「政治家につける薬」で議員立法や電源開発関係についてに以下のように述べている。

結果としては水勒発電所をつくった地域は今、みんな過疎になっている。そこで、原子力発電を推進するためにそういう地域の振興にお金を出すというものなんだが、田中先生には及ばない

(田中先生とは田中角栄。渡部氏の選挙区は新潟沿いにあり、田中角栄の選挙区の隣にあった)
また、オイルショックによる社会の混乱を受け、石油依存を減らすために原子力やクリーンエネルギーへの転換に積極的だったことも知られています。

そういうわけで

×「民主党の渡部恒三が福島第一原発を誘致」
○「当時自民党であった渡部恒三が福島に原発を誘致したが、時期的に第一原発は違う」
○「渡部恒三が福島に原発を誘致した」
誘致開始から運転開始までには時間がかかりましたから、誘致後に積極的に推進したという可能性はありますが、ソースが見つかりませんでした。


?「渡部恒三も福島第一原発を推進した」←不明


なお、「渡部恒三が福島に原発を誘致した」を勝手に「福島第一原発」に書き換えたのは二階堂ドットコムです。

資料

1.「原発」を誘致しよう!―優れた電源、地域振興で大きな成果(amazon) (楽天)
原発を誘致して自治体が豊かになりましたよ、というガチガチな原発推進本。
平成11年の本なので情報は古い。
今の状況だとamazonの目次を見ただけでフルボッコにされそうな内容が書いてある。
ただし、福島第一原子力発電所についての章が存在するのと、各種データは載っているので資料としては使えるだろう。
双葉町の人口の10%、家族も含めると20%が原発関連会社で働いていたとか、町税調定額の67.5%が原発関連だとかその手のたぐいのことが書いてある。
どの原子力施設は誰が推進しましたよ的な物もちらほら。
福島第二原発については社民党共産党系議員も含めて全員賛成であったという話に時代を感じる。


2.渡部恒三 民主党を救った會津魂―ならぬことはならぬ(amazon) 楽天
存命する政治家さんについての半生記なので、基本的に本人にとって悪いことは書かれていない。
生育歴等は参考になるだろう。


3.政治家につける薬(amazon)楽天
本人の半生記。関わった政治家について短評が載っているのだがその部分が読み物として面白い。


4.福島県の百年 (県民100年史)(amazon)(楽天)
福島県が当時どのような状況にあり、原発の導入でどう変化したのかという章が存在する。
該当部は量的には数ページだが、中々参考になった。
現在amazonでも楽天でも品切れ状態。

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